恋愛相談の答えに、「恋に恋している」という言い方があります。恋しているじぶんに恋しちゃっているから恋愛がうまくいかない……
あるいは、恋をしているじぶんのことを客観的に見ていないから、相手のことがよく見えず、結果として恋がうまくいかないというようなニュアンスを、短く言えば「恋に恋している」となります。
恋に恋しちゃう理由
若いときはどうしてもじぶんのことを客観的に見られないので、恋に恋してしまって、恋愛がうまくいかない方向にみずからことを運んでしまうものです。
恋愛経験が浅いから、客観視できないということもあります。なんでもかんでも切ないと思えてしまうから、恋に恋しちゃうということもあります。
なにが「切ない」かの基準って、時代の影響もあってか、ここのところそのハードルがとても低くなっているように思います。
ほんの10年、20年前のPOPソングは「覆水盆に返らず」的なことを「切ない」としており、そこを歌っていました。
たとえば、別れの歌であれば、好きだった男子が、夏休みが明けたらどこかに転校してしまっており、もう会えないとか、もっと極端な設定の歌詞なら、恋人が死んでしまったというようなところに、切なさを見出していました。
転校した男子の現住所がわからない……死んでしまったひとは二度と生き返らない……覆水盆に返らず。
毎日会える男子に告白できないのなら・・・
今は、好きな男子に告白できないということを切ないと歌っていたりします。生きている、それこそ学校で毎日会える男子に告白できないのなら、勇気を出して告白すればいいじゃん……
勇気を出して告白して、それでフラれたら、それが切ないわけであって、まだまだ努力をする余白が残っているときに切ないと言うんじゃない……
こんなことを、往年のプロのシンガー・ソングライターは、きっと感じているはずです。
恋愛は知恵と努力がものを言うと言ったところで
努力する余白があるときに、その努力をせず、切ないで片づけてしまう……これを「若い」と言われたら、まぁそうかなと思います。若いひとは、年長者に比べて、自己を客観視できないのだから、まぁしかたないかなと思います。
そして恋愛は知恵と努力がものを言うと言ったところで、今の時代に努力なんて言葉がはやらないのは承知です。
が、恋愛の本質は努力と知恵です。もう努力をする余白が残されていないのではないか、と思えるような局面にあっても、努力する隙間を探すこと、隙間がなさそうなところをこじ開けて、無理に隙間を作ろうとする知恵。
こういうものがないと、恋愛は成就しない……そういう隙間を絶えず探すところに、恋のおもしろさがある……こういうことを言うオトナも少なくなりました。
おそらく時代の流れがそうさせているのかもしれません。なんでも合理的にやればいいというような。
ホントにミルクはこぼれてしまったのか?
切なさにぼんやりとする前に、ホントにミルクはこぼれてしまったのか?
こぼれたミルクをもう一度コップに戻す方法はないのか?こんなことを考えてみると、成就しなさそうに思える恋もうまくいきます。
ひとりとしておなじ人間はいないというのは、恋は多様性に満ちていることを意味します。
多様性を攻略しようと思えば、絶えず相手の声を聴くことです。
聴いているうちに、知恵が出てきます。あなたが思う切なさのその向こうに、輝かしい恋が待っています。(ひとみしょう/ライター)
(古泉千里/モデル)
(柳内良仁/カメラマン)